障害のあるお子さんがいるご家庭のための相続税・贈与税の非課税制度ガイド
はじめに:お子さんの将来のために、知っておきたいお金のこと
お子さんに障害がある場合、ご家族、特にお子さんの親御さんは、将来のお金のことに様々な不安を感じることがあるかもしれません。「自分にもしものことがあったら、この子の生活はどうなるのだろう」「残してあげたい財産に税金はかかるのだろうか」といった心配は尽きないものです。
しかし、安心してほしいのは、障害のある方のご家族のために、国が定めた税負担を軽減する制度が存在するということです。これらの制度を適切に利用することで、お子さんの将来の生活資金や医療費などを確保しやすくなります。
この記事では、障害のあるお子さんがいるご家庭が知っておくべき相続税・贈与税に関する非課税制度について、その概要や利用するための手続きを分かりやすく解説します。制度を知ることは、お子さんの将来を守るための大切な一歩となります。
相続税・贈与税の非課税制度の概要
障害のあるお子さんがいるご家庭が利用を検討できる税制上の優遇措置として、主に以下の二つがあります。
- 障害者等に係る相続税の税額控除
- 特定障害者に対する贈与税の非課税
これらの制度は、障害のある方が財産を取得した場合に、一定額まで相続税や贈与税がかからないようにするものです。
まずは、それぞれの制度について概要をご説明します。
1. 障害者等に係る相続税の税額控除
この制度は、相続または遺贈により財産を取得した相続人の中に障害のある方がいる場合に、その方の相続税額から一定の金額を差し引くことができる制度です。
- 目的: 障害のある方の将来の生活を保障するために、相続した財産にかかる税負担を軽減する。
- 控除額: 障害者の年齢や障害の程度に応じて、控除額が計算されます。
2. 特定障害者に対する贈与税の非課税
この制度は、特定障害者であるお子さんの生活費や医療費などに充てるために、その親や親族が金銭や有価証券などの財産を贈与した場合、または信託した場合に、一定額まで贈与税が非課税となる制度です。
- 目的: 障害のある方の将来の生活保障を目的とした計画的な財産形成を支援する。
- 方法:
- 特定障害者扶養信託契約に基づく信託: 信託銀行などと契約を結び、財産を信託します。信託された財産から、お子さんの生活費などが支払われます。一定額(重度障害者の場合は6,000万円、それ以外の特定障害者の場合は3,000万円)までが非課税となります。
- 特定障害者に対する贈与: 上記の信託によらず、直接財産を贈与する場合です。こちらは年間110万円の基礎控除に加えて、特定障害者への贈与として別途一定額(重度障害者の場合は6,000万円、それ以外の特定障害者の場合は3,000万円)までが非課税となる場合がありますが、信託の方がより広く利用されています。
これらの制度を利用するメリット
これらの非課税制度を利用する最大のメリットは、お子さんの将来のために用意した財産にかかる税負担を大幅に軽減できる点です。
- 将来の生活資金の確保: 相続や贈与にかかる税金が少なくなることで、お子さんの将来の生活費、医療費、施設利用料などに充てられる財産をより多く残すことが可能になります。
- 計画的な財産形成: 特に贈与税の非課税制度(信託含む)を活用すれば、親が元気なうちから計画的に、お子さんのための財産を準備・管理していくことができます。
- 安心感: 親御さんにとっては、ご自身がいなくなった後のお子さんの経済的な基盤について、税金の心配を減らしながら準備を進められるという安心感に繋がります。
対象者と利用条件
これらの制度を利用するには、一定の要件を満たす必要があります。
障害者等に係る相続税の税額控除
- 対象となる障害者: 相続または遺贈により財産を取得した時に、日本国内に住所があり、以下のいずれかに該当する方です。
- 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある方(重度の障害者)
- 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分であるなど、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律や身体障害者福祉法などの規定による手帳の交付を受けている方。具体的には、精神障害者保健福祉手帳1級、身体障害者手帳1級・2級、療育手帳A判定(またはこれに準ずる判定)などの方(重度の障害者)。
- 上記以外の障害者(例:精神障害者保健福祉手帳2級・3級、身体障害者手帳3級〜6級、療育手帳B判定(またはこれに準ずる判定)などの方)。
- 控除額の計算方法:
- 重度の障害者: (85歳-相続開始時の年齢) × 20万円
- 重度以外の障害者: (85歳-相続開始時の年齢) × 10万円
- 相続開始時に85歳以上である障害者の方については、一律に重度障害者は20万円、重度以外の障害者は10万円が控除されます。
- この控除額はその障害者本人の相続税額が上限となります。税額控除額がその障害者本人の相続税額より大きい場合は、控除しきれなかった金額を、その障害者の扶養義務者の相続税額から差し引くことができる場合があります。
特定障害者に対する贈与税の非課税
- 対象となる特定障害者: 贈与を受けた時または信託受益者となった時に、日本国内に住所があり、以下のいずれかに該当する方です。
- 特別障害者: 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある方、または精神保健及び精神障害者福祉に関する法律や身体障害者福祉法、療育手帳制度における重度障害に該当する方(例:精神障害者保健福祉手帳1級、身体障害者手帳1級・2級、療育手帳A判定(またはこれに準ずる判定)など)。
- 特別障害者以外の特定障害者: 精神障害者保健福祉手帳2級・3級、身体障害者手帳3級〜6級、療育手帳B判定(またはこれに準ずる判定)などの方。
- 非課税限度額:
- 特別障害者: 6,000万円
- 特別障害者以外の特定障害者: 3,000万円
- この限度額まで、複数回に分けて贈与または信託しても非課税となります。
申請・利用の流れ、具体的なステップ
制度を利用するためには、税務署への申告手続きが必要です。特に「特定障害者に対する贈与税の非課税」制度は、贈与または信託の種類によって手続きが異なります。
障害者等に係る相続税の税額控除
- 相続税の申告書作成: 相続税の申告書を作成する際に、この税額控除の適用を受ける旨と必要事項を記載します。
- 必要書類の準備: 障害者であることを証明する書類(障害者手帳の写しなど)を準備します。
- 税務署への提出: 相続の開始があったことを知った日(通常は被相続人が亡くなった日)の翌日から10ヶ月以内に、被相続人の住所地を管轄する税務署に相続税申告書と必要書類を提出します。
特定障害者に対する贈与税の非課税(主に信託の場合)
特定障害者扶養信託契約に基づく信託を利用する場合の一般的な流れは以下の通りです。
- 信託銀行等への相談: まずは、この制度を取り扱っている信託銀行や金融機関に相談します。
- 特定障害者扶養信託契約の締結: 信託契約の内容(お子さんの生活費などの支払い方法、信託期間、受託者(信託銀行等)の報酬など)を確認し、信託契約を締結します。財産(金銭や有価証券など)を信託銀行等に預け、名義をお子さん(受益者)に移します。
- 非課税申告書の提出: 信託契約を締結した日から原則として1ヶ月以内に、信託契約に関する非課税申告書を作成します。
- 必要書類の準備: 申告書と併せて提出する書類(特定障害者であることを証明する書類(障害者手帳の写しなど)、信託契約書の写しなど)を準備します。
- 税務署への提出: お子さん(受益者)の住所地を管轄する税務署に、非課税申告書と必要書類を提出します。
特定障害者に対する贈与(信託によらない場合) も同様に、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの贈与税の申告期間内に、贈与税の申告書と併せて非課税の適用を受ける旨を記載し、必要書類を提出する必要があります。
必要な書類、準備物
手続きに必要な主な書類は以下の通りです。
- 障害者であることを証明する書類: 身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の写しなど。
- 相続税関連書類: 相続税申告書、被相続人の戸籍謄本、相続人の戸籍謄本、遺言書または遺産分割協議書の写しなど、一般的な相続税申告に必要な書類一式。
- 贈与税(信託)関連書類: 特定障害者に対する贈与税の非課税申告書、信託契約書の写し、お子さんの住民票、贈与された財産に関する書類など。
これらの他に、状況に応じて別途書類の提出を求められる場合があります。手続きを進める前に、税務署や信託銀行等に確認することをおすすめします。
注意点、よくある疑問とその回答
- 限度額に注意: それぞれの制度には非課税となる上限額があります。それを超える部分には税金がかかります。
- 他の税額控除・非課税制度との関係: これらの制度と他の税額控除や非課税制度(例:配偶者控除、小規模宅地等の特例など)は併用できる場合がありますが、複雑なケースもあります。
- 信託契約の維持: 特定障害者扶養信託を利用する場合、一度契約すると原則として途中で解約できません。また、信託財産からお子さんの生活費等が支払われる際に、信託銀行等に手数料がかかります。
- 非課税となる使途: 贈与税の非課税制度を利用して受け取った財産は、お子さんの生活費や医療費など、将来の生活のために使われることが前提です。それ以外の目的で使用した場合、贈与税が課される可能性があります。
- 手続きのタイミング: 相続税は相続開始後10ヶ月以内、贈与税は原則として贈与を受けた年の翌年3月15日まで(信託の場合は契約後1ヶ月以内)と、それぞれ手続きの期限があります。期限を過ぎると制度を利用できない場合がありますので注意が必要です。
Q: お金ではなく、不動産を贈与(相続)した場合も対象になりますか? A: 相続税の税額控除は相続または遺贈により取得した財産全般が対象となります。贈与税の非課税制度は、基本的に金銭、有価証券、またはこれらを信託した場合が対象となります。不動産を直接贈与しても、原則としてこの制度の非課税枠は利用できません。
Q: 複数の親族から贈与を受けた場合、非課税限度額はどうなりますか? A: 特定障害者に対する贈与税の非課税限度額(6,000万円または3,000万円)は、その特定障害者本人が生涯にわたって受けられる非課税の総額です。複数の親族から受けた贈与や、複数回にわたる贈与・信託の合計額がこの限度額まで非課税となります。
関連する他の制度や情報源
- 特別児童扶養手当: 精神または身体に障害のある20歳未満の児童を家庭で監護している父母などに支給される手当です。この記事で紹介した税制優遇制度とは異なりますが、障害のあるお子さんがいるご家庭への経済的支援制度として関連があります。
- 障害者控除: 納税者自身、または控除対象配偶者や扶養親族に障害がある場合に受けられる所得税や住民税の所得控除です。日々の税負担を軽減する制度として、この記事で紹介した相続税・贈与税の非課税制度とは別のものです。
これらの制度については、当サイトの別の記事でも詳しく解説していますので、ぜひ参考にしてください。
相談窓口や専門機関の情報
税制や相続・贈与に関する手続きは専門的な知識が必要となる場合が多く、ご自身だけで進めるのが難しいと感じることもあるかもしれません。そのような時は、以下の窓口や専門家への相談を検討しましょう。
- 税務署: 国税庁のホームページや、お住まいの地域を管轄する税務署では、税金に関する一般的な相談を受け付けています。制度の詳細や手続きについて確認できます。
- 税理士: 税金の専門家です。個別の状況に応じた税務相談や申告手続きの代行を依頼できます。相続や贈与に詳しい税理士を探すのも良いでしょう。
- 信託銀行・金融機関: 特定障害者扶養信託を取り扱っている信託銀行や一部の金融機関では、制度に関する説明や信託契約に関する相談が可能です。
- お住まいの自治体の障害福祉担当窓口: 税制そのものの詳細な相談は難しいかもしれませんが、障害福祉サービスや手帳に関する情報提供を通じて、関連制度の理解を助けてくれる場合があります。
まずは税務署のホームページなどで制度の概要を確認し、必要に応じて専門家への相談を検討することをおすすめします。
まとめ:将来への備えとして制度活用を検討しましょう
この記事では、障害のあるお子さんがいるご家庭が利用できる相続税・贈与税の非課税制度についてご紹介しました。これらの制度は、お子さんの将来のために残す財産にかかる税負担を軽減し、安心して生活を送るための基盤を築く上で非常に有効な手段となり得ます。
情報収集や手続きは時に複雑に感じるかもしれませんが、一歩ずつ確認していくことが大切です。今回ご紹介した制度について、「知っている」というだけでも、将来の計画を立てる上で大きな助けになります。
もし制度の利用を検討される場合は、税務署や専門家にご相談いただくことで、ご自身の状況に合った最適な方法を見つけられるでしょう。お子さんの明るい将来のために、これらの制度が役立つことを願っています。