障害のあるお子さんの「親なきあと」に備える 親ができる準備と活用できる制度
はじめに
お子さんに障害がある場合、親御さんの多くが将来について、特に「自分たちがこの世にいなくなった後、この子はどのように暮らしていくのだろうか」という不安をお持ちではないでしょうか。お子さんの将来を案じるお気持ちは、決して特別なものではありません。しかし、この「親なきあと」の問題は、考え始めること自体に大きなエネルギーが必要で、どこから手をつけて良いか分からず、不安だけが大きくなってしまうこともあります。
このページでは、障害のあるお子さんが親御さん亡き後も安心して生活できるよう、今からできる準備や活用できる制度について、全体像を分かりやすく解説します。将来への漠然とした不安を、具体的な行動につなげるための第一歩として、お役立ていただければ幸いです。
「親なきあと」への備え、なぜ今考えるべきか
「親なきあと」の問題は、お子さんの年齢に関わらず、早い段階から考え始めることが大切です。その理由はいくつかあります。
- 準備には時間がかかる: 制度の利用申請、財産管理の方法の検討、将来の住まいの選択肢探しなど、多くの準備には時間がかかります。情報収集から具体的な手続きまで、計画的に進める必要があります。
- 選択肢を検討できる: 早めに検討を始めることで、お子さんの意思や状況、ご家庭の希望に合った多様な選択肢の中から、最適な方法を選ぶ余裕が生まれます。
- 関係機関との連携: 相談支援事業所や市区町村の窓口、専門家など、様々な関係機関との連携が必要になる場合があります。信頼関係を築き、情報を共有するためにも、時間的なゆとりが重要です。
- 親自身の安心: 将来の見通しが立つことで、親御さん自身の不安が軽減され、今のお子さんとの生活をより安心して送ることができます。
「親なきあと」に備える3つの柱
「親なきあと」への備えは、大きく分けて以下の3つの柱で考えることができます。
- お金・財産管理の準備: お子さんの生活費、医療費、施設利用料などを賄うための経済的な基盤をどのように守り、管理していくか。
- 住まい・生活の準備: お子さんがどこで、どのような生活を送るのか。
- 医療・ケア・意思決定の準備: お子さんの健康状態に応じた医療やケア、そして重要な意思決定を誰がどのようにサポートしていくのか。
これらの柱について、以下で具体的な準備や活用できる制度をご紹介します。
【柱1】お金・財産管理の準備
親御さん亡き後も、お子さんが経済的に困窮しないよう、財産を適切に管理し、必要な生活費を確保するための準備が必要です。
活用できる主な制度・方法
- 成年後見制度:
- 判断能力が十分でない方の権利や財産を守るための制度です。家庭裁判所が選任した成年後見人等が、本人の意思を尊重しながら、財産の管理や契約などを代わりに行います。
- 将来判断能力が不十分になったときに備える「任意後見制度」と、すでに判断能力が不十分な場合に利用する「法定後見制度」があります。親御さんがご健在のうちに任意後見契約を結んでおくことや、親御さんが亡くなった後に法定後見制度の申し立てを検討することが考えられます。
- 障害者扶養共済制度(しょうがい共済):
- 心身に障害のある方を扶養している親御さんが、毎月一定の掛金を納めることで、親御さん亡き後や重度障害になったときに、障害のあるお子さんに終身にわたり年金が支給される制度です。都道府県や指定都市が実施しています。
- 特定贈与信託・特別障害者扶養信託:
- 障害のあるお子さんのために、親御さんが信託銀行等に財産を預け、お子さんの生活に必要な資金として定期的に給付してもらうことができる制度です。信託した財産の一部が非課税となる優遇措置があります。
- 生命保険:
- 親御さんが亡くなった際に、お子さんの将来の生活資金として活用できる生命保険の加入を検討します。受取人をお子さんにする場合、管理方法について事前に検討しておく必要があります。
- 障害年金:
- お子さんが20歳になった後、一定の障害状態にある場合に「20歳前の障害基礎年金」を請求できる可能性があります。これは親の加入状況に関わらず、本人の障害の状態に基づいて支給される国の制度です。
これらの制度を単独で利用するだけでなく、組み合わせて活用することも可能です。お子さんの状況やご家庭の資産状況に合わせて、最適な方法を検討することが重要です。
【柱2】住まい・生活の準備
親御さん亡き後、お子さんが安心して暮らせる「場」と「生活」をどのように確保するかの準備です。
考えられる選択肢と活用できる制度
- 自宅での生活継続:
- お子さんが住み慣れた自宅で生活を続けることを希望する場合、訪問による障害福祉サービス(居宅介護、重度訪問介護など)や、必要に応じて親族や地域の支援を得ながら生活を支えることが考えられます。
- 共同生活援助(グループホーム):
- 複数の障害のある方が共同で生活する住居です。世話人や生活支援員が配置され、日常生活上の相談や援助を行います。比較的少人数で、アットホームな雰囲気で暮らせる形態が多くあります。
- 障害者支援施設等への入所:
- 常時の介護が必要な場合や、集中的な支援が必要な場合など、障害者支援施設等への入所も選択肢の一つです。
- 親族との同居:
- お子さんが親族と共に暮らすことも選択肢として考えられますが、親族側の負担や将来的な状況変化なども考慮し、慎重に検討する必要があります。
これらの選択肢を検討する際には、お子さん本人の意向や障害特性、必要な支援内容などを考慮することが最も大切です。また、グループホームや施設への入所には待機が発生する場合があるため、早めに情報収集を始め、見学などを通じてお子さんに合った場所を探すことが推奨されます。
【活用できる制度】 * 障害福祉サービス: 自宅での生活やグループホームでの生活を支えるための様々なサービスがあります。(居宅介護、重度訪問介護、共同生活援助など)サービスの利用には市区町村への申請が必要です。 * 地域生活支援事業: 市町村が実施する、障害のある方が地域で生活するためのサービスです。移動支援、日中一時支援などがあります。 * 相談支援事業: サービス等利用計画の作成や、様々なサービスの利用に関する相談、調整を行う事業です。「親なきあと」の生活設計についても相談できます。
【柱3】医療・ケア・意思決定の準備
お子さんの健康管理、病気になった際の医療機関への受診、そして生活に関わる様々な意思決定を誰がどのようにサポートしていくかの準備です。
必要な準備と活用できる方法
- キーパーソンの設定:
- 親御さんに万が一のことがあった際に、お子さんの生活やケアについて相談できる、信頼できる親族や友人、支援者などをキーパーソンとして定めておくことを検討します。日頃からお子さんのことやご家庭の状況について情報を共有しておくことが大切です。
- 成年後見制度の活用(再掲):
- 特に判断能力に不安があるお子さんの場合、成年後見人が財産管理だけでなく、医療や福祉サービスの利用契約など、様々な身上に関する決定をサポートすることができます。任意後見契約であれば、誰に後見人をお願いしたいかを事前に決めておくことが可能です。
- サービス等利用計画の活用:
- 相談支援事業所が作成するサービス等利用計画には、お子さん本人の意向や目標、必要なサービスなどが盛り込まれます。この計画を将来の生活設計にも活かすことができます。計画作成の過程でお子さんの意思をどのように確認するか、親御さんの希望をどう反映させるかを相談支援専門員と十分に話し合うことが大切です。
- 延命治療などに関する意思表示:
- もし、将来お子さんが自身の医療に関する意思表示が難しくなった場合に備え、親御さんの意向や、過去のお子さんの言動から推測される意向などをまとめておくことを検討します。これは法的な拘束力を持つものではありませんが、医療関係者が治療方針を決定する際に参考とされる場合があります。成年後見制度の活用も併せて検討します。
「親なきあと」への準備を進める上でのステップ
「親なきあと」への準備は、一度に全てを完了させる必要はありません。以下のステップを参考に、できることから少しずつ進めていきましょう。
- 現状の把握と情報収集:
- 現在のお子さんの状況、利用しているサービス、ご家庭の経済状況などを整理します。
- 「親なきあと」に関する制度や支援について、インターネットや書籍、自治体のパンフレットなどで情報を集めます。
- 家族や関係者との話し合い:
- 可能であれば、お子さん本人、兄弟姉妹など、ご家族で将来について話し合う機会を持ちます。
- 必要に応じて、相談支援専門員や医師、教師など、お子さんをよく知る専門家からアドバイスをもらいます。
- 相談窓口の活用:
- 一人で抱え込まず、専門の相談窓口に相談します。後述の相談窓口を参考にしてください。
- 具体的な計画の作成:
- お金、住まい、医療・ケアの3つの柱について、いつまでに、何を、どのように準備するか、具体的な計画を立てます。
- 専門家との連携:
- 必要に応じて、弁護士、司法書士、税理士、信託銀行など、専門家のアドバイスやサポートを得ます。
- 定期的な見直し:
- お子さんの成長や状況の変化、社会情勢や制度の変更に応じて、立てた計画を定期的に見直します。
どこに相談できるか
「親なきあと」への備えについて考えるとき、一人で悩まずに相談できる窓口があります。
- 市区町村の障害福祉窓口:
- 障害福祉サービス全般に関する相談や情報提供を行っています。地域の利用できるサービスについて聞くことができます。
- 相談支援事業所:
- サービス等利用計画の作成や、地域での生活に関する様々な相談に応じます。お子さんのライフプランについて、時間をかけて相談に乗ってもらうことができます。
- 社会福祉協議会:
- 日常生活自立支援事業など、福祉に関する相談に応じています。成年後見制度に関する相談窓口(中核機関)を設置している場合があります。
- 弁護士、司法書士:
- 成年後見制度の申し立てや、遺言、相続、財産管理など、法律や登記に関わる専門家です。
- 信託銀行:
- 特定贈与信託などの金融商品について相談できます。
- NPO法人や親の会:
- 「親なきあと」支援に特化した活動を行っている団体や、同じような立場の親御さん同士で情報交換ができる場もあります。
まずは、身近な市区町村の窓口や相談支援事業所に問い合わせてみるのが良いでしょう。そこで全体の道筋について相談し、必要に応じて他の専門機関を紹介してもらうことも可能です。
まとめ
障害のあるお子さんの「親なきあと」について考えることは、親御さんにとって大きな不安を伴うことかもしれません。しかし、何も準備しないまま時が過ぎるよりも、少しずつでも具体的な準備を始めることで、将来の不安を軽減し、お子さんが親御さん亡き後も安心して、その子らしく生きていける道を拓くことができます。
「親なきあと」への備えは、お子さんの人生を尊重し、守っていくための大切なプロセスです。一人で抱え込まず、様々な制度や支援、そして信頼できる相談相手の力を借りながら、お子さんの将来のために一歩を踏み出してみましょう。