障害のあるお子さんの災害時の安全を守る 親ができる備えと活用できる制度・情報
はじめに
地震や台風、大雨など、予測できない自然災害は多くのご家庭にとって不安の種となるものです。特に障害のあるお子さんを持つ親御さんにとって、「もしもの時、この子をどうやって守れば良いのだろう」「必要なケアや配慮は受けられるのだろうか」といった心配は尽きないかと存じます。
災害発生時、障害のある方は様々な困難に直面する可能性があります。情報収集や避難行動の難しさ、慣れない環境への適応、日常のケアや医療継続の必要性など、その課題は多岐にわたります。だからこそ、日頃からの備えと、利用できる制度や情報を知っておくことが非常に大切になります。
この記事では、障害のあるお子さんの災害時の安全を守るために、親御さんができる備えのポイント、そして活用できる可能性のある制度や情報共有の仕組みについて分かりやすくご説明します。情報過多で混乱しがちな災害時の備えについて、全体像を把握し、必要な情報を効率的に集めるための一助となれば幸いです。
障害のあるお子さんの災害時の主な課題と必要な配慮
災害時、障害のあるお子さんが直面しやすい課題は、その障害の種類や特性によって異なります。一般的な避難行動が困難な場合や、特定の支援や環境が必要となるケースがあります。
- 移動・避難の困難さ: 身体的な理由や、混乱した状況でのパニックなどにより、速やかな避難が難しい場合があります。
- 情報収集・伝達の困難さ: 視覚・聴覚・知的障害などにより、災害情報や避難指示を理解したり、自身の状況を伝えたりすることが難しい場合があります。
- 環境の変化への適応: 避難所など、普段と異なる環境や多くの人が集まる場所での生活が困難な場合があります。感覚過敏がある場合などは特に配慮が必要です。
- 日常のケア・医療の継続: 食事形態の配慮、排泄ケア、服薬、医療機器(人工呼吸器、吸引器など)の使用、訪問看護など、日頃からのケアや医療が災害時も継続して必要となります。電源の確保や、衛生状態の維持なども重要です。
- 精神的な負担: 慣れない環境や不安な状況により、情緒不安定になったり、パニックを起こしたりする可能性があります。
こうした課題を踏まえ、個々のお子さんの障害特性に合わせた具体的な備えや、周囲の理解・支援が不可欠となります。
災害時の安全確保に役立つ情報共有の仕組みと備え
災害時、お子さんの安全を確保し、必要な支援を受けるためには、事前に情報共有の仕組みを活用したり、必要な情報をまとめておいたりすることが有効です。
1. 避難行動要支援者名簿・個別避難計画
多くの市町村では、自力での避難が困難な方々(避難行動要支援者)のために「避難行動要支援者名簿」を作成しています。この名簿は、災害発生時などに市町村や地域の支援関係者が安否確認や避難支援を行うために活用されるものです。
- 対象者: 高齢の方、障害のある方、難病患者など、市町村によって基準は異なりますが、障害のある方も多く対象に含まれます。
- 登録方法: 自ら登録を申請する、または要件に該当する方が自動的に登録される場合があります。お住まいの市町村のホームページや窓口で確認してください。
- 個別避難計画: 名簿登録者などを対象に、より具体的な避難方法、避難場所、誰が支援するかなどを記した「個別避難計画」を作成する取り組みが進められています。お子さんの障害特性や必要なケアに合わせて、家族でどのように避難するか、必要な支援は何かなどを具体的に計画しておくことは、災害時の混乱を減らす上で非常に有効です。市町村の担当窓口(福祉課や防災課など)に相談してみましょう。
この名簿や計画は、ご家族だけでなく、地域の自治会や民生委員、消防、警察などの関係機関と情報が共有されることがあります。情報共有の範囲や方法についても、登録時に確認しておくことをおすすめします。
2. 必要な情報のリスト化・携帯
災害時は、混乱の中で冷静な判断や記憶が難しくなることがあります。お子さんに関する必要な情報を事前にリストアップし、すぐに持ち出せるようにしておくと安心です。
- 作成する情報の例:
- 氏名、生年月日、連絡先(複数)
- 障害の種類、診断名、特性(コミュニケーション方法、パニックを起こしやすい状況など)
- かかりつけ医、利用している事業所(放課後等デイサービスなど)、学校の連絡先
- 服薬中の薬の名前、量、飲む時間(お薬手帳のコピーなど)
- アレルギー、食事や水分摂取に関する注意点
- 医療機器や装具の種類、使い方、予備の有無
- ヘルパーや看護師の訪問スケジュール、連絡先
- 本人が安心できるもの(お気に入りのおもちゃ、音楽など)
- 緊急連絡先リスト(親族、友人など複数)
- 携帯方法: スマートフォンのメモ機能、小さなノートに手書き、カード型にしてラミネート加工するなど、複数の方法で準備しておくと良いでしょう。非常用持ち出し袋に入れておくことも忘れずに。
災害時の備え:具体的な行動と工夫
情報共有の仕組みに加え、ご家庭での具体的な備えも非常に重要です。お子さんの障害特性に合わせて、以下の点を工夫して準備を進めましょう。
1. 非常持ち出し袋・備蓄品
一般的な非常持ち出し袋に加えて、お子さん専用の持ち物を準備します。
- 備蓄品の例:
- 常備薬(可能であれば数日分)とお薬手帳のコピー
- 医療機器の予備品やバッテリー
- 特別な食事が必要な場合のレトルトや缶詰
- おむつ、清拭用品、ウェットティッシュなど衛生用品
- 使い慣れたスプーンやコップ
- 本人が安心できるもの(ブランケット、ぬいぐるみ、絵本など)
- 耳栓やアイマスク(感覚過敏がある場合)
- 着替え、タオル
- 連絡先リスト、お薬情報などのコピー
- 障害者手帳のコピー
- 工夫のポイント:
- お子さん自身が分かるように、好きなキャラクターのバッグに入れたり、中身の絵を貼ったりするのも良いかもしれません。
- 定期的に中身を点検し、消費期限などを確認しましょう。
2. 避難場所・避難ルートの確認
- お住まいの地域の指定避難所を確認します。
- お子さんの障害特性を踏まえ、自宅から避難所までの安全なルートを複数確認しておきます。段差や人通りの多さなどを考慮します。
- 事前に可能であれば、避難所までのルートを家族で実際に歩いてみることも有効です。
- 福祉避難所: 一般の避難所での生活が困難な、高齢の方や障害のある方などのための避難所です。開設場所やタイミングは災害の規模によります。事前に、お住まいの地域に福祉避難所があるか、どのような基準で利用できるかなどを市町村に確認しておくと良いでしょう。
3. 家族内での役割分担と連絡方法
- 災害発生時の家族それぞれの役割を決めておきます(例:安否確認、子供の避難準備、近所への声かけなど)。
- 離ればなれになった場合の連絡方法や、合流場所を決めておきます。災害用伝言ダイヤル(171)や災害用伝言板、SNSなどの活用方法を家族で確認しておきましょう。
4. 関係機関との連携
- 利用している放課後等デイサービスや短期入所施設、学校、かかりつけ医などと、災害時の対応について事前に情報共有したり、確認したりしておくことも大切です。事業所などが作成する個別支援計画に、災害時の対応を盛り込むことも検討できます。
活用できる可能性のある制度や情報源
直接的に「災害対策のための給付」という制度は限られますが、既存の制度の中で関連する部分や、災害時に活用できる情報源があります。
- 日常生活用具給付等事業: 一部の自治体では、日常生活用具として、災害時に役立つ特定の機器(ポータブル電源や通信機器など)が給付対象となる場合があります。お住まいの市町村にご確認ください。
- 小児慢性特定疾病医療費助成制度、育成医療(自立支援医療)など: これらの制度を利用している場合、災害時における医療費の取り扱いや、指定医療機関での対応などについて情報が提供されることがあります。各制度の問い合わせ窓口にご確認ください。
- 災害時における障害者等への情報提供: 国や自治体のホームページ、SNSなどで、災害発生時には障害のある方向けの情報(手話通訳付きの会見、読み上げ機能対応の情報サイトなど)が発信されることがあります。日頃からどのような媒体で情報提供が行われるかを知っておくと良いでしょう。
- 各自治体の防災情報: お住まいの市町村のホームページには、ハザードマップ、避難所情報、防災ガイドなどが掲載されています。障害のある方向けの防災情報がまとめられている場合もあります。
注意点とよくある疑問
- 情報は常に最新のものを: 制度の内容や利用条件、避難所の場所などは変更されることがあります。定期的に市町村のホームページなどで最新情報を確認しましょう。
- 個別の状況に応じた備えを: 障害の特性や必要なケアは一人ひとり異なります。ここに記載されている内容は一般的な情報であり、必ずお子さんの状況に合わせて必要な備えを検討してください。
- 災害発生直後の対応: 災害発生直後は、公的な支援がすぐに届かない可能性があります。まずは自助・共助の精神で、家族や近隣と協力して安全を確保することが重要です。
- 経済的支援: 災害によって被災した場合、障害の有無に関わらず、災害弔慰金や災害見舞金などが支給される制度があります。これは災害発生後の支援となりますが、情報として知っておくと良いでしょう。
相談窓口や情報源
災害時の備えや、利用できる制度についてさらに詳しく知りたい場合は、以下の窓口や情報源に相談してみることをおすすめします。
- お住まいの市町村の担当課:
- 防災課、危機管理課(避難計画、防災情報全般について)
- 福祉課、障害福祉課(障害者福祉制度、避難行動要支援者名簿などについて)
- 相談支援事業所: サービス等利用計画の作成等で関わりのある相談支援専門員に、災害時の備えや地域の情報について相談することも可能です。
- 社会福祉協議会: 地域の社会福祉協議会が、災害時の避難行動要支援者への支援に関わっている場合があります。
- 各都道府県・市町村のホームページ: 防災情報やハザードマップ、各種制度の情報が掲載されています。
- 内閣府(防災担当)や厚生労働省のホームページ: 障害のある方の防災に関する情報が掲載されていることがあります。
まとめ
障害のあるお子さんを持つ親御さんにとって、災害への備えは多くの不安を伴うかもしれません。しかし、事前の準備や情報収集を行うことで、もしもの時のリスクを減らし、お子さんの安全を守る可能性を高めることができます。
この記事でご紹介した避難行動要支援者名簿への登録、個別避難計画の検討、必要な情報のリスト化、非常持ち出し袋の準備、避難場所やルートの確認、関係機関との連携など、できることから少しずつ準備を始めてみましょう。
一人で抱え込まず、市町村の担当窓口や相談支援事業所など、利用できる相談先を活用することも大切です。日頃からの備えと、地域や関係機関との連携を通じて、災害時もお子さんが安心して過ごせるように努めていきましょう。