障害のあるお子さんの将来のために 親ができるお金の備えと財産管理方法
はじめに
お子さんが障害を持って生まれた場合、親御さんが将来について抱える不安は多岐にわたります。中でも、「自分たちがいなくなった後、この子の生活はどうなるのか」「この子の財産は誰が、どのように管理してくれるのか」といった、お金や財産に関する不安は非常に大きいものではないでしょうか。
日々の生活や子育てに追われる中で、将来の財産管理や引き継ぎといった難しい問題について、じっくり考える時間を持つことは難しいかもしれません。また、どのような制度や方法があるのか、情報が多くてかえって混乱してしまうこともあるかと思います。
この記事では、障害のあるお子さんの将来のために、親御さんができるお金の備えや財産管理の方法について、特に「家族信託」と「成年後見制度」を中心に、それぞれの仕組みや特徴、違いを分かりやすく解説します。ご家族にとって最適な方法を検討するための基礎知識としてお役立てください。
なぜ将来のお金や財産管理の備えが必要なのか
お子さんが未成年である間は、親権者である親御さんがお子さんの財産を管理します。しかし、お子さんが成人した後、ご自身で財産を管理することが難しい場合に、誰がその役割を担うのかを考えておく必要があります。
また、親御さんに万が一のことがあった場合、お子さんが財産(預貯金、不動産など)を相続しても、その財産がお子さんの生活のために適切に使われるように管理されなければなりません。遺言だけでは、具体的な財産管理まで指示することは難しい場合があります。
このような状況に備えるための制度がいくつかあります。代表的なものとして「成年後見制度」がありますが、近年では「家族信託」という仕組みも注目されています。
家族信託とはどのような仕組みですか?
家族信託とは、ご自身の財産(お金、不動産など)を、信頼できる家族(子や親、兄弟姉妹など)に託し、定めた目的に従って、その家族に財産を管理・運用してもらうための仕組みです。正式には「民事信託」といいます。
障害のあるお子さんの将来のために家族信託を活用する場合、一般的には、親御さんを「委託者」(財産を託す人)、お子さんを「受益者」(信託された財産から利益を得る人)、信頼できる家族(例えば、配偶者や、もう一人の子、親戚など)を「受託者」(財産を預かり管理する人)として契約を結びます。
信託契約書の中で、「お子さんが生活に困らないように、毎月〇円を生活費として渡す」「特定の医療費や施設の利用料に充てる」など、財産の管理・給付方法を細かく定めることができます。
家族信託のメリット
- 柔軟な財産管理が可能: 信託契約の内容を自由に設計できるため、お子さんの生涯にわたる生活費の支払い方法や、特定の支出への充当など、親御さんの希望に沿った細やかな財産管理を設定できます。
- 「親亡き後」も財産が守られる: 親御さんが亡くなった後も、受託者である家族が信託契約に基づいて財産管理を継続するため、お子さんの財産が適切に引き継がれ、使われることが期待できます。
- 倒産隔離機能: 受託者が破産した場合でも、信託された財産は受託者の固有財産とは切り離して扱われるため、差し押さえなどの対象になりにくいとされています。
- 複数世代にわたる承継: 信託契約の内容によっては、お子さんが亡くなった後の残った財産の引き継ぎ先(例えば、お子さんの面倒を見てくれたきょうだいや親戚など)をあらかじめ指定することも可能です。
家族信託のデメリット・注意点
- 専門的な知識が必要: 信託契約書の作成には法律や税務に関する専門知識が必要です。専門家(弁護士や司法書士)のサポートが不可欠であり、そのための費用がかかります。
- 受託者の負担: 財産管理や契約内容の実行は受託者の責任となります。受託者には相当の負担や責任が伴うため、誰に依頼するかを慎重に検討し、引き受けてくれる人の同意を得る必要があります。
- 節税対策にはならない: 家族信託自体に大きな節税効果があるわけではありません。信託された財産には、通常通り相続税や贈与税などがかかる場合があります。
- 身上監護は含まれない: 信託できるのは財産管理(お金や不動産の管理、契約など)に限られ、お子さんの療養看護や生活に関する契約、施設入所の手続きといった「身上監護」は含まれません。
成年後見制度とはどのような仕組みですか?
成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が十分でない方を保護・支援するための制度です。家庭裁判所によって選ばれた後見人などが、本人の代わりに財産管理や身上監護に関する契約などを行います。
成年後見制度には、本人の判断能力が不十分になった場合に家庭裁判所が後見人等を選任する「法定後見制度」と、本人が十分な判断能力があるうちに将来の後見人(任意後見人)や支援の内容を契約で定めておく「任意後見制度」があります。障害のあるお子さんのケースでは、成人しても判断能力が不十分な状態が続く場合、法定後見制度の対象となることが考えられます。
成年後見制度のメリット
- 家庭裁判所による監督: 法定後見制度では、家庭裁判所が後見人の仕事ぶりを監督します。これにより、後見人による不正行為を防ぐことができます。任意後見制度でも、任意後見監督人が選任され、監督が行われます。
- 身上監護も可能: 後見人は、財産管理だけでなく、医療契約や介護サービスの利用契約、施設入所契約など、本人の生活や療養看護に関する手続きも行うことができます。
- 本人の保護: 後見人には、本人の権利を擁護し、不利益な契約(悪徳商法など)から本人を守る役割があります。
- 取消権: 後見人には、本人が行った不利益な法律行為(契約など)を取り消す権限が与えられています(日用品の購入など日常生活に関する行為は除く)。
成年後見制度のデメリット・注意点
- 家庭裁判所が後見人を選任: 法定後見制度では、後見人を誰にするか親などが希望を出すことはできますが、最終的に後見人を選任するのは家庭裁判所です。必ずしも親の希望通りの人物が選ばれるとは限りません。弁護士、司法書士、社会福祉士といった専門家が選任されることも多くあります。
- 財産管理の自由度が低い: 後見人は本人の財産を「本人のため」に管理する義務があり、原則として、本人の財産を本人のため以外の目的(例えば、親族への贈与など)に使うことはできません。親が元気なうちから将来の特定の目的に向けて計画的に財産を活用するといった柔軟な使い方は難しい場合があります。
- 手続きに時間と費用がかかる: 後見開始の審判申立てには、手続きや書類準備に手間がかかり、費用(申立て費用、診断書作成費用、鑑定費用など)も発生します。申立てから後見人が選任されるまでには一定の期間が必要です。
- 報酬が発生する可能性がある: 後見人には、家庭裁判所が定める報酬を本人の財産から支払う必要があります。親族が後見人になった場合も報酬が必要となるケースがあります。
家族信託と成年後見制度の主な違い
障害のあるお子さんの将来の財産管理において、家族信託と成年後見制度はどちらも有効な手段となり得ますが、その仕組みや特徴には大きな違いがあります。主な違いをまとめました。
| 項目 | 家族信託 | 成年後見制度 | | :--------------- | :------------------------------------------- | :----------------------------------------------- | | 制度の根拠 | 信託法(契約に基づく) | 民法(法定後見)、任意後見契約に関する法律(任意後見) | | 開始時期 | 親の希望する時期に開始可能(生前でも可能) | 本人の判断能力が不十分になった後(法定後見) or 契約で定めた時期(任意後見) | | 設計の自由度 | 高い(契約内容を自由に設計可能) | 低い(法律で定められた範囲での管理) | | 財産管理 | 契約で定めた目的に沿って柔軟に管理・運用可能 | 本人の利益のため、法律に基づき管理 | | 身上監護 | 含まれない | 含まれる | | 監督者 | 原則なし(信託監督人などを置くことも可能) | 家庭裁判所、後見監督人など | | 手続き | 契約締結(公正証書化推奨) | 家庭裁判所への申立て(法定後見)、契約締結と登記(任意後見) | | 費用 | 契約書作成費用(専門家報酬)、登記費用など | 申立て費用、診断書費用、鑑定費用、後見人等報酬など | | 受託者・後見人 | 親が信頼する家族などが受託者(合意が必要) | 家庭裁判所が選任(親族、専門家など) |
どちらの制度を選ぶべきか?検討のポイント
家族信託と成年後見制度は、それぞれにメリットとデメリットがあります。どちらがお子さんにとってより適しているかは、ご家庭の状況やお子さんの状態、親御さんの考え方によって異なります。
- 親が元気なうちから、将来のお金の使い道について柔軟に計画しておきたいと考える場合は、家族信託が適している可能性があります。特に、お子さんの財産だけでなく、親御さんの財産の一部も含めて、将来の特定の目的に向けて計画的に管理・運用したい場合に有効です。
- 身上監護(医療や介護に関する契約など)も含めて、包括的にサポートしてほしいと考える場合や、家庭裁判所の監督の下で財産管理が行われることに安心感を覚える場合は、成年後見制度が適していると考えられます。
- お子さんがまだ幼く、将来の状況が不透明な場合は、まず成年後見制度を検討しつつ、必要に応じて他の制度(例えば、親亡き後に備えて、親の遺言で後見人候補者を指定しておくなど)と組み合わせることも考えられます。
- 家族信託と成年後見制度は、併用することも可能な場合があります。例えば、財産の一部を家族信託で特定の目的に使途を限定して管理しつつ、身上監護やその他の財産管理については成年後見人に依頼するといった方法も理論上は考えられますが、非常に複雑になるため専門家との相談が不可欠です。
ご自身の希望やお子さんの状況を踏まえ、それぞれの制度について理解を深めることが重要です。
申請・利用の流れ(概要)
家族信託を利用する場合
- 専門家への相談: 弁護士や司法書士など、家族信託に詳しい専門家に相談します。家族の状況、お子さんの状態、信託したい財産、将来の希望などを伝え、信託契約の内容について具体的に検討します。
- 信託契約書の作成: 専門家が相談内容に基づき、信託契約書案を作成します。契約書には、信託する財産、委託者、受託者、受益者、信託の目的、財産の管理・運用・給付方法などを詳細に定めます。
- 契約の締結: 委託者と受託者が信託契約書の内容を確認し、合意すれば契約を締結します。後々の争いを避けるため、公正証書として作成することが強く推奨されます。
- 財産の移転・名義変更: 信託契約に基づき、信託財産を受託者に移転します。不動産を信託する場合は、受託者への名義変更登記が必要です。預貯金の場合は、信託専用の口座を開設し、資金を移動します。
- 信託の開始・管理: 受託者は、信託契約書の内容に従って信託財産の管理を開始します。受益者であるお子さんのために、計画通りの財産給付などを行います。
成年後見制度(法定後見)を利用する場合
- 家庭裁判所への申立て: 本人の住所地を管轄する家庭裁判所に、後見開始の審判を申立てます。申立てができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族などです。
- 必要書類の準備: 申立書に加えて、本人の戸籍謄本、住民票、医師の診断書、財産に関する資料(通帳の写し、不動産の権利証など)、親族関係図など、多くの書類が必要です。
- 調査・鑑定: 家庭裁判所による事情聴取や、本人の判断能力に関する医師による鑑定(必要な場合)などが行われます。
- 後見人等の選任: 調査・鑑定の結果などを踏まえ、家庭裁判所が最も適任と判断する人物を後見人として選任します。
- 後見事務の開始: 選任された後見人は、家庭裁判所の指示や監督の下、本人のために財産管理や身上監護に関する事務を行います。定期的に家庭裁判所に報告する義務があります。
相談窓口
障害のあるお子さんの将来のお金や財産管理について検討する際は、ご自身の状況に合った専門家や相談機関に相談することが非常に重要です。
- 弁護士: 家族信託、遺言、成年後見制度など、幅広い法律問題に関する相談が可能です。複雑なケースや親族間の調整が必要な場合などに適しています。
- 司法書士: 家族信託契約書の作成支援、不動産の登記手続き、成年後見制度の申立て手続きなど、専門的なサポートを受けることができます。
- 信託銀行: 家族信託に関する相談や、信託契約の受託者となるサービスを提供している場合があります。ただし、専門家への相談も併せて検討することをおすすめします。
- 社会福祉協議会: 成年後見制度に関する情報提供や、市区町村の窓口への橋渡しなどを行っている場合があります。
- 市区町村の障害福祉担当窓口: 障害に関する様々な情報提供や相談に応じてくれます。成年後見制度に関する地域の取り組みなどについて情報を持っていることがあります。
ご相談の際は、ご自身の状況(お子さんの障害の状態、財産の内容、家族構成など)を具体的に説明できるよう準備しておくと良いでしょう。
まとめ
障害のあるお子さんの将来の財産管理は、親御さんにとって避けて通れない大切な課題です。「親亡き後」の不安を少しでも解消するためにも、元気なうちにどのような備えができるのかを知り、検討を始めることが大切です。
家族信託と成年後見制度は、それぞれ異なる特徴を持つ制度です。家族信託は親御さんの意思を柔軟に反映させやすい一方、成年後見制度は家庭裁判所の監督があり、身上監護も含まれるという違いがあります。どちらの制度を選択するか、あるいは組み合わせて活用するかは、ご家庭の状況やお子さんの特性によって最適な形が異なります。
情報収集に加えて、弁護士や司法書士といった専門家に相談することで、具体的な制度の活用方法や手続き、費用についてより深く理解することができます。一人で悩まず、専門家の知恵やサポートも借りながら、お子さんの将来のために最適な備えを進めていただければ幸いです。